2007.1更新 |
創業は約二百年前の江戸時代後期。京料理に欠かせない食材、生麩を作り続けている老舗です。主に料亭などに卸される生麩に対して、一般の人には麩饅頭が人気です。わざわざ遠方から買いに来る人も多いとか。青海苔を錬り込んだ生麩でこし餡を包み、笹の葉でくるんだ麩饅頭。手作りのため生産量に限リがありますが、予約さえすれば、つるんとした食感、上品な味と香りを存分に味わうことができます。 そんな老舗「麩嘉」の七代目、若主人の小堀周一郎さんにお話を伺いました。 町家に暖簾が掛かっているだけの入口を入ると、現れたのはジャージのうえに白い作業着、無精髭を生やしたいかつい男性。思い描いていた老舗の若主人のイメージとはほど遠く、まるで大八木淳史選手のような...。中学から社会人までラグビーをやっておられたと聞いて納得。忙しい時間を割いて、お店のことから京文化まで、笑顔とざっくばらんな語り口で話してくださいました。 |
最も古い生麩の専門店 | |
編集部(以後「編」) 創業について教えてください。 若主人(以後「主」) 蛤御門の変で資料が燃えて、古いことはわかりません。文化文致頃(西暦千八百年頃)に御所に納めていた記録があるので、二百年前と言ってます。 編 元からこの場所で? 主 はい。滋野井(しげのい)という井戸水が出ることと、上の店(かみのたな)といって古くから市場があったこともあって、ここでお店を始めたんだと思います。 編 最初から生麩専門のお店として? 主 そうです。生麩の専門店では一番古いと聞いてます。主にお料理屋さんなどに納めてます。たくさん作れないので、もともと一般売りを目的にしてません。ショーケースはないし、表には暖簾しか掛かってないので、何の店かわからないですよね。ガイドブックを見て来られた方が、よく入口でうろうろされます。 |
生麩と麩饅頭 | |
主 食材ですから、お料理に使っていただいてなんぼです。結構いい値段なのにおかずになりませんし、一般家庭でなじみのある食べ物ではないですね。そんなお麩のお店が成り立ってきたのは、日本人が風味に敏感だからかなと。麩は主張 しないもので、味噌汁に入れても味を邪魔 しませんし、海苔麩を噛んでも海苔の味はしませんよね。鼻に抜けるような香りだけ。それが風味だと思います。京都の文化は食にこだわりが強いので、食べて京都を感じることも大事だと思います。いいものをお料理屋さんで食べてもらって、また食べたいと思ってもらえたら、このお店も続けていけるかなと思ってます。 編 麩饅頭を作り始めたきっかけは? 主 明治天皇が生麩がお好きで、お饅頭のように餡を包んでくれといわれたので作ったそうです。本当かどうかわかりませんが、昔のパンフレットにそう書いてあります。 編 予約しないと買えないそうですが...。 主 手作業なので作る量に限りがあります。一番おいしく食べていただける状態でお分けしたいので、注文のあった分だけ作ります。錦店に持って行く分を少しお分けすることもありますが、基本的には予約がないとお分けしてません。左団扇に思われることもありますが、予約がないと売らないのは、一見さんお断りと同じで理由があるんです。 編 お料理屋さんなどの他にどんなところへ。 主 錦店の他にいくつかの百貨店にも置かせてもらってますが、どこででも買えるというのもおかしいなと思います。「京都に来たらあれを買いに行きたい」ということがあっていいと思います。この近くはきれいなところが多いので、歩いて買いに来ていただくと、京都らしさがよく感じられるんじゃないですかね。 |
生麩づくりとは | ||
主 単純に言いますと、材料は小麦のタンパク(グルテン)2に餅米1の割合です。水を加えてこね、型に入れて蒸します。中国から入ったときはグルテンだけでしたが、日本人の好みに合わせて餅米を入れるようになったそうです。 編 小麦粉をこねるとうどんになると思うんですが、どうしたらお麩になるんですか。すいません、こんなこと聞いて。 主 いいですよ、そんなこと普通知りませんから(笑)。小麦粉はデンプンとタンパク質で構成されてます。デンプンは水に溶けます。小麦に水と塩を入れてしめ、また水で洗うとグルテンだけ残って麩になります。 編 なるほど。中にいろいろ包んだものも作られてましたが、料理屋さんがすぐ使える段階までここでやるんですか。 主 そうです。蒸す前に長く空気に当たると傷みますし、蒸した後はくっつかず、包めなくなります。オーダーメイドでは、ゆり根やキクラゲなど中に入れる具材をお料理屋さんが持ち込まれます。よそのお店は少量の特別注文は受けられないところが多いです。「こんなん作ってえな」と。フレンチレストランからバジルやハーブ入りの麩の注文もあります。 編 小麦粉や餅米は特別なものを。 主 小麦粉は北米かオーストラリアのもので、特に変わったものではないです。 編 意外に普通なんですね。 主 ええ。餅米は用途により滋賀、新潟、九州の三種を使い分けます。粉にする行程や粗さも変えてもらい ます。温度や湿度によって堅い日、柔らかい日があり、一定に保つには日々微調整です。 編 いい水が鍵でしょうね。
編 入口の脇にあるのもその一つですか。 主 あれが一番おいしいです。飲んだことあります? 編 汲んで帰ったことがあります。ポリタンクを持ってくる人もいるとか。 主 汲みに来る人がいるのは嬉しいことです。その意識がね。何を食べてもいい、安ければいいでは悲しい。 お料理屋さんで汲みに来る人、多いですよ。 編 オーダーメイドのお話がありましたが、他によそとは違う点があれば。 主 そうですね、麩饅頭を巻く笹は、夏場は山に採りに行きます。ヨモギも山で摘み、ギンナンも殼をむきます。買えば済むことでも、できることはやってます。時代に逆行というか、時代の止まったお店です。ずっとこんなふうにやっていくと思います。 編 生麩のおいしい食べ方を教えてください。お正月号です。 主 お雑煮やおすましなら紅葉麩を添えると華やかになります。おせち料理に使うのなら、油で素揚げしてから炊くとよく味がしみます。田楽も油で揚げてからの方がおいしいです。生でも悪くはないですが、少しの手間でおいしく食べられるので、そういう食べ方をしてほしいです。 |
老舗を継ぐとは | |
主 いや、気楽なもんですよ(笑)。この店の子として育ったので、いずれは継 ぐんだと思ってましたけど。中学から大学、社会人とラグビーをやらせてもらって、広島の自動車メーカーでサラリーマンを三年やりました。いろいろ勉強になりましたけど「サラリーマンは大変や、ようやらんなあ」と思いました。家に 戻ると別のしんどさはありますけど。皆さんとそう変わらないと思いますよ。どんな仕事でも楽なことはないです。 編 古手の職人さんが仕切ってるのかと思ったら、若い方ばかりでした。 主 従業員は20人ほどです。少しずつ世代交代して、今は六~七割が30代です。いろんな年齢の人がいた方が面白いですけど 。 編 やはりこのお店で働きたくて入った人が多いんですか。 主 そういう人もいますが、普通に職を探してきた人がほとんどです。職安や求人誌で募集しますから。僕が面接するんですが、生麩を知らない人が多い。受けに来るんなら、ちょっと食べるなりすればいいのにと思いますけど。今はそんなん当たり前ですよね。逆に「知ってます」と言われて「へえー」なんて思ったりしてね。働きながら勉強してくれればいいんです。個性的な人が多いとお店の幅が広がりますし。元は自衛隊員、フレンチのシェフ、ケーキ職人など、いろいろいますよ。元チョコレート職人が生麩にチョコをかけてみたり、意外な発想があって面白いです。 |
老舗を継ぐとは | |
編 最後に聞きたかったんですが。お店は府庁のすぐ前です。府庁については。 主 子供の頃よくセミ取りに行きました。慣れ親しん でたんですが、御所の一部だと思ってました。繋がっ てるような感覚があったんです。 編 どのあたりでセミ取りを? 主 正門を入ると大きい木がありますよね。なんぽでもいたんです。守衛さんも 「また来よった」みたいな感じで。正門の前の橋の下に隠れたりもしました。中に大きな石があって、通り抜けはできなかったんですけど。最近セミ取りしてる子、いませんねえ。 編 入りにくくなったんでしょうか。 主 いやあ(笑)。申請書を取りに行ったとき「ここだ」「いやここじゃない」と言われて「どっちやねん」と思ったことがありますが(笑)。まあ、いいところだと思いますよ。並木通りがすごく好きです。昔は柳で したよね。柳が好きなんです。府庁まで一つの風景ができあがってます。京都は緑が少ないだけにいい環境です。府警本部と消防署もあって心強いですし。何かあっても大丈夫(笑)。希望を言えば、府庁にもっと四季を感じさせる木を植えてもらえたら。年中青い木ばかり植えてあるような。 編 旧館の中庭にある枝垂れ桜、ご覧になられたことは。 主 あります。きれいですね。 編 地球温暖化対策もあって、二号館の屋上に木を植えてます。一度お越しください。 主 いいことですね。ぜひ行かせてもらいます。 編 本日はお忙しいところどうもありがとうございました。 |