シリーズ企画

笹屋伊織 上編

2004.1更新

「平安左市」の由来となった『左市遺店』の「書」


笹屋伊織の十代目当主夫人
田丸みゆきさん
和菓子はどうどすか

 京菓匠『笹屋伊織』は享保元年(1716年)創業以来、約300年の歴史を持つ京都でも有数の和菓子店で、現在の当主が十代目になります。もともと京都には248軒の和菓子店があり、そのうち28軒が御所の御用を承っていました。『笹屋伊織』はその中のひとつであるばかりか、暖簾分けした店がそれを継いだりする中、直系で存続している数少ない店でもあります。和菓子屋の屋号は『○○屋△△』という風になっておりますが、有名な『亀屋・・』や『鶴屋・・』など、上の『○○屋』は同じでも出所がまるっきり違う店も見受けられますが、笹屋という屋号を持つ和菓子屋は全て『笹屋伊織』が総本家です。

 元来、閉鎖的とも思われがちな和菓子の世界に、十年ほど前、現在の当主夫人(田丸みゆきさん)が嫁いでこられ、様子が変わってきました。男社会であった和菓子の世界に入り、新商品の開発、インターネット販売や生協取扱いを始めとした新しい販路の開拓、次代を担う若者たちとの交流などから、新しい方向を模索してこられています。

 そんな田丸さんに話を伺ってきました。

田丸みゆきさんのお話

いつでもお客様の立場で
 ごく普通の家庭に育った私は大阪の短大を卒業後、証券会社、中学校(英語)の講師を経て、友人の紹介で主人と知り合い、結婚しました。和菓子の世界はまったく未知のもので、全てが目新しく面白いと思ってやってきました。

 証券会社に勤務していたときのことですが、夫婦でコツコツと貯めた大事なお金を短期間で少しでもいい利子のつくものを、と新規のお客様がやってこられたのです。そのとき、お客様の意向が少しでもいい利息をということならば、と同じ中国ファンドでも利率の良い別の証券会社を紹介してあげました。お客様はそれではそうしますと、すまなそうに別の証券会社に行かれました。社内では「せっかく現金を持ってこられた新規のお客をそのまま逃がすとは......」と言う上司もおり、私の行動について賛否両論といったところでした。ところが、そのお客様はすぐに戻って来られ、「確かに利息は向こうの方が良いのだが、対応がなっていない、説明もしっかりしていて親身になってくれるこちらに預けたい」とおっしゃってくださり、その後にも新たなお客さんをたくさん紹介してくださいました。

 今、和菓子の世界に入っても、このようにお客様の立場に立って考えるということをとても大事にしています。和菓子業界では同じような名前が多いのですが、笹屋にもよく間違い電話があります。そのときもお客様の立場に立って、お客様が何を望んでおられるのかを伺い、間違い電話であることを告げ、他店の電話番号を教えて差し上げるようにしています。

上菓子屋に嫁いで...
 私も中学時代はバドミントン、高校時代には陸上競技をしていまして、やり投げで賞をもらったこともあるんですよ。もっとも、やり投げをしている学校が少なかったということもありますけれど。スキーなんかもよく行きましたが、和菓子屋は冬場が一番忙しくて、とてもじゃないけれどできそうにありません。

 干菓子というものがありますが、昔から御用を務めさせていただいているお寺へお供え物を納めていまして、それぞれのお寺によりまして紋が違いますことから、今でも相当な数の木型を所有しています。

 現在、本店とは別の全国の伊勢丹と札幌、東京、梅田、京都、山科の大丸などに店を構えていますが、これ以上増やすのは商品提供の面からも少し難しいかと思います。

どら焼屋?
 笹屋の代表的な商品に「どら焼」がありますが、これは東寺さんの銅鑼を利用してその上で焼くという方法で130年前から作り始めたもので、細長い巻物で「棹物(さおもの)」と言われているものです。これを作るのには非常に手間がかかりまして、前の日から翌日に何本焼くということが分かっていないとできません。今日注文してすぐにという事ができないんです。「どら焼」を作る約3日間はほかのお菓子はあまり作れなくなります。ですから、「どら焼」に関しましては弘法さんの縁日の前後3日間に限定で販売することにしています。毎日焼いていては、私どもは和菓子屋ではなくて「どら焼屋」になってしまいますものね。ご遠方の方が本店まで「どら焼」を買いにこられることがありますが、どうしてもお出しできないことがあるんです。そういう方のためにも本店だけのお菓子を作りたいと思いまして、春から秋の半年間限定で作っているお菓子があります。銅銭のかたちをした栗のお菓子「平安左市」です。

 この由来は平安京の頃、朱雀大路をはさんであった左右の市のうち左市に最後まで残っていたのが『笹屋伊織』で、そのことの証のようなものが今でも店頭に飾ってある『左市遺店』の「書」なのです。

 それと同じものを、お菓子の中に栞として入れておりましたところ、そのお菓子が回りまわってこれを書かれた子爵様のご長男さんのところまで行ったのです。90歳以上になられているご長男さんが、わざわざこの「書」をごらんに見えまして、本当に縁というのは不思議なものだなああと思いました。

 「どら焼」以外のお菓子は季節によっていろいろと変えています。今は「栗きんとん」や「つるし柿」などを置いております。あと、これも栗菓子ですが、職人の中崎と試行錯誤しながら作り上げた「もんぶらん」というお菓子があります。これなどは本店と大丸さん限定で販売しているのですが、大変人気があります。(来月号につづく)

笹屋伊織
京都府京都市下京区七条通大宮西入
ホームページ:http://www.sasayaiori.com/