シリーズ企画

土井志ば漬本舗

2004.5更新

伝統の紫葉漬作り続けて100年 ~料理の最高の脇役として~

 京都は昔から『京の茶漬け』という言葉があるくらいお茶漬けが有名で、中でもお茶漬けに欠かせない漬物が発展してきました。今回は、紫葉漬で有名な『土井志ば漬け本舗』さんを訪ねて来ました。

 紫葉漬は、三千院や寂光院で名高い山紫水明の大原の里に平安の昔から伝えられたお漬物で、平家物語の後白河上皇大原御幸でも知られる建礼門院から『紫葉漬』と名づけられたといわれています。

 最近では、色は赤く酸味があり紫蘇の香りがする漬物が色々作られており、それを赤紫色に着色したものが「シバヅケ」又は「○○シバヅケ」と称して売られています。これらは「ほんまもん」の『紫葉漬』と紛らわしく、このままではそうでないものが本物を駆逐することになりかねない状態です。本当の紫葉漬は大原の里で栽培した良質の紫蘇に、茄子、胡瓜、茗荷を塩で漬けた、自然そのままのお漬物です。

 そんな中で『土井』は「ほんまもん」の紫葉漬にこだわり、100年以上も作り続けてこられました。本店の建物は変形三階建てで、どっしりとした構えになっています。まぶしいくらいの白壁が印象的な外観と、特に国道を隔てた『熟成館』と称される建物は見た目も美しく、辺りを華やかに、ひと際人目を引いていました。

営業部長和田さんのお話

紫葉漬には絶対ちりめん赤紫蘇
 私共が、ここで100年以上も商売をさせてもらっていますが、漬物作りについてよそ様とどのように違うかと言われましても、そう変ったこともなくて、強いて言いましたら今も昔ながらのやり方で手作りでやっていることぐらいですやろか?

 昔は、それこそ紫葉漬しか扱っていませんでしたが、今ではお客様のニーズにもお応えしなければならず、色んなものを置いております。ですが、あくまでも『京漬物』というブランドにこだわり、紫葉漬にこだわって商っております。なんと言いましても、当社の屋号も『土井志ば漬本舗』となっております。ですから、いま流行のキムチなんかも当然扱いませんし、奈良漬なんかも京都産ではないことから扱っておりません。また、材料につきましても京都のイメージを壊さないようにしています。ですから、紫葉漬用の紫蘇は、大原産の『ちりめん赤紫蘇』だけを使っています。本社工場の裏に紫蘇専用の畑を持っており、不足する分は近在の農家と契約をして栽培してもらっています。

漬物も産地住み分けを
 本来、紫葉漬とはこの地で取れたものだけを言うのですが、よそでは胡瓜を少し染めたものを『紫葉漬』としているものがあったりで、名前だけシバヅケというのも数多くあるようです。京都の漬物協同組合でも『紫葉漬』は、この大原で作られたもの、スグキは上賀茂で作られたものという風にハッキリ住み分けをしてきています。ただ、大原の野菜は種類も量も限られており、正直いって大原だけで賄うのは不可能です。ですから近郊のJAなどと契約をしまして対応しているのが現状です。そんな中でも紫蘇だけは大原産にこだわり、他所から入れることはありません。何といってもそれが紫葉漬の命ですから、大いにこだわりたいと思っています。

 京都の他の漬物屋さんも紫葉漬を出しておられますが、しっかりとしたお店は、大原の紫蘇農家と年間契約をして、ほんまもんの紫葉漬として販売されております。私共でも、スグキを作るときは、上賀茂の農家と年間契約をしまして原料を整えて製造しており、大原で勝手に作って売っているわけではないんです。

 漬物にはそれぞれ季節というものがありまして、と言いましても漬物はもともと保存食ですからいつでも食べられるのですが、千枚漬やスグキなどは冬のものと、また紫葉漬は七月頃に新漬が出ることから夏のものとそれぞれ位置づけられています。最もこの頃は、保存方法も進んできましたので、年間を通して味の一定化が出来るようにはなってきました。

お客様本位の味に
 じつは、土井の志ば漬も昔からまるきっり同じ味で通しているわけではないんです。時代とともにお客様の嗜好も変化してきますので、それに合わせて味も微妙に変えてきております。私共食べ物屋にとって、お客様の声というのは非常に大事なものでして、機会を見つけては声を聞いております。お客様の声は直接いただくこともありますが、当社の方針といたしまして、商品の直販売を基本にしていますことから、販売員であります社員が、お客様との接触の際に聞いたりしたものが大半で、それらをまとめて今後に生かしております。

 漬物というのは、あくまでも食の脇役であり、それ以上でもそれ以下でもないと思っております。こちらのレストランでも漬物を主流にした漬物定食を出しておりますが、それはピリッと存在感のある脇役といったものなんです。脇役がしっかり固めるから主役が引き立つんです。どこの料理やさんでも食事の〆は必ず漬物でしょう。漬物には名脇役として、分相応な存在感を光らせたいと思っています。料理の最後に漬物を食べて、"あぁ、おいしかった..."といっていただく声が漬物作りの励みになります。

 土井は『おいしいものを、より一層おいしく、いかにしてお客様の手元にお出しするか』という一つのコンセプトを持って100年余り続けて参りました。

 紫葉漬も1樽1トンのものを年200樽ほど漬けておりますが大層な量です。しかし、お客様の食べられるのは、その中のたった一箸なんです。そのことを私共は常に意識してやっていかなければなりません。大量生産だからこそ、そういう気持ちが入らなければならないと思っています。そのこだわりこそが私共の会社であり、看板を上げているものの責任だと思っています。

小売りを大切に
 土井は、昔ながらの手作りを続けており、年間のロット数も限られております。そこまでして売りたくない、というのが私共の考えでもあり、業務用も手がけてはありません。

 ところが、どうしても土井の志ば漬を売ってほしいといってきたレストランがありました。業務用は扱っていない、といって断りますと、売り場にあるパック詰めでいいから分けてほしい、といってくるんです。通常業務用で仕入れられる五倍以上の値段になると思われるんです。それでも、"金額はどうでもいいからおいしいものを出したい。料理の最後にどうしても土井の志ば漬を"とおっしゃるんです。料理を生かすために、土井の志ば漬を最後に出したいという料理長の料理に対する考えをたいへんうれしく思ったものです。

熟成にも伝統のこだわり
 取材の最後に国道を隔てた熟成館を案内していただきました。館内にはもうすぐ新しく漬け始めるとかで、大きな空の樽がたくさん積んでありました。それでも、まだ相当数が漬けられていました。館内はあの紫葉漬の独特のにおいが充満しています。元々1樽に1トンの原材料を入れるのですが、でき上がりは水分などが出て約3分の1(約300キログラム)になってしまうそうです。樽の上には漬物石が載せてあるんですが、少し小さめの石がたくさん積まれているので不思議に思い聞いてみました。

 「紫葉漬は漬け込んでから1ヶ月位でゆっくりと熟成させます。原材料は元々1トン、漬物石も約1トンを使うのですが、原材料が初めの頃はこの樽(八石樽)の縁から溢れるほどになっており、大きな石だと重心が取りづらく落ちたりするんです。だいいち、大きな石を載せてしまいますと一気に重量がかかり、ゆっくり熟成することが出来なくなります。そのために、小さめの石を50個ほど、石のすわりを見ながら丁寧に積むことにしているのです」まだ開けていない樽を上からのぞくと、カビでいっぱいになっていた。

 「紫葉漬は防腐剤を一切使っていません。そのためにカビが発生するのですが、これがまた重要でして、カビが蓋代わりとなって雑菌の侵入を防いでくれるのです。普通の漬物の場合、保存食と言うことでかなり塩分が高く、体によくないイメージがあるのですが、紫葉漬の場合大体5%ほどの塩分で、流行の浅漬け程度の塩分になっています。また、塩分は低いのですが、乳酸菌発酵をしているため酸性になっており腐りにくくなっております。乳酸菌は特別に入れるのではなく、自然のもの(特に樽に付いているものか?)を利用しています。乳酸菌は樽から出して空気に触れさせると再び活動を開始して発酵を始めてしまいます。放って置くと腐ってしまいますが、急いで真空パックをして熱処理をしますので3ヶ月は持ちます」紫葉漬は、本当によく日持ちするようです。

土井志ば漬本舗
京都府京都市左京区八瀬花尻町41番地
電話(075)744-2311(代)
ホームページ:http://www.doishibazuke.co.jp/